Japanese Joinery

Collection by Jonny brew

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Japan of the building making the support coming technology - Shimoyama is considered the origin of the things that make a story . over the architecture Shinji Japanese Joinery, Japanese Woodworking, Japanese Home Design, Japanese House, Japanese Architecture, Ancient Architecture, Wood Joints, Wood Steel, Wooden Art

日本の建物づくりを支えてきた技術-31・・・・継手・仕口(15):「シャチ栓」のいろいろ - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

「継手・仕口」というのは、大体、出来上がってしまうと見えなくなります。また、多くの人は、専門家を含めて、あるいは「建築家」を表に出す人は特に、そういう細工がしてあることに気がつかないし、注意も払いません。おそらく、こうなったのは、設計と施工が別扱いになってからのことでしょう。昔も「指図」するだけの人はいました。しかし、その人たちは、見えないところも知って指図をしています。だから指図できたのでしょう。それはさておき、先に、中世の様態をみてきました。室町の頃になると、精緻な仕事もが増えてきます。今回話題にする「シャチ」も、どうもその頃から多く使われるようになるようです。上の図の①~③は、前回にも載せてあります。ただ、前回は寸法表示が見えなかったので、図版をつくり直しました。①は、断面が4寸×3.5寸の2材を、長さで...日本の建物づくりを支えてきた技術-31・・・・継手・仕口(15):「シャチ栓」のいろいろ

[図版更改29日18.03][註記追加18.17]順番からすれば、「浄土寺浄土堂」の「虹梁」の納め方に触れることになるのですが、すでに、各「貫」「頭貫」の納め方の延長として、おおよそ想像できるものと思います。これまで見てきたように、「浄土寺浄土堂」で使われている継手・仕口は、つまるところ、継手は「鉤型付きの相欠き:略鎌」、仕口は「相欠き」だけでした。古代の寺院建築では「丸桁(がんぎょう)」(軒の先端で垂木を受ける「出桁(でげた、だしげた)」)や「母屋(桁)」あるいは「台輪(だいわ)」などで盛んに使われていた継手「鎌継ぎ」「角鎌継ぎ」は、いったい何処に行ってしまったのでしょうか。そこで、今回は「虹梁」は棚上げにしておいて、屋根の形をつくる上で重要な「母屋」を見てみたいと思います。「母屋」は、「等高線」上に置かれま...日本の建物づくりを支えてきた技術-23・・・・継手・仕口(7):「鎌継ぎ」は何処へ? Japanese Joinery, Japan Architecture, Roof Structure, Floor Plans, Traditional, Wood, Chinese, Detail, Design

日本の建物づくりを支えてきた技術-23・・・・継手・仕口(7):「鎌継ぎ」は何処へ? - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[図版更改29日18.03][註記追加18.17]順番からすれば、「浄土寺浄土堂」の「虹梁」の納め方に触れることになるのですが、すでに、各「貫」「頭貫」の納め方の延長として、おおよそ想像できるものと思います。これまで見てきたように、「浄土寺浄土堂」で使われている継手・仕口は、つまるところ、継手は「鉤型付きの相欠き:略鎌」、仕口は「相欠き」だけでした。古代の寺院建築では「丸桁(がんぎょう)」(軒の先端で垂木を受ける「出桁(でげた、だしげた)」)や「母屋(桁)」あるいは「台輪(だいわ)」などで盛んに使われていた継手「鎌継ぎ」「角鎌継ぎ」は、いったい何処に行ってしまったのでしょうか。そこで、今回は「虹梁」は棚上げにしておいて、屋根の形をつくる上で重要な「母屋」を見てみたいと思います。「母屋」は、「等高線」上に置かれま...日本の建物づくりを支えてきた技術-23・・・・継手・仕口(7):「鎌継ぎ」は何処へ?

三月いっぱいにまとめる話が、先週末に、ようやく落着。さて、「継手・仕口」の話の続き。先回は江戸時代までくると、「シャチ栓」を使う継手・仕口が増えてくることを紹介しました。今回は、以前にも載せましたが、江戸時代も末、天保年間:1830~40年頃の建設と言われ、竣工直後に「安政の大地震」に遭ったはずの奈良県橿原市今井町の商家:「高木家」の架構法を紹介します。この例は、日本建築学会編の教科書「構造用教材」に「伝統工法」の例として載っているくらいですから、その筋の学者先生方も無視するわけにはゆかない建物なのだ、と思います。それはともかく、この建物の架構は、実に明快にして明解。この建物の直ぐ近く、300mほど離れた場所に、これも以前紹介した「豊田家」があります。両家は、ほぼ同規模の商家ですが、こちらは寛文2年:1662年...日本の建物づくりを支えてきた技術-32・・・・継手・仕口(16):近世には・・ Japanese Joinery, Japanese Woodworking, Woodworking Joints, Timber Architecture, Japanese Architecture, Architecture Details, Traditional Japanese House, Joinery Details, Timber Structure

日本の建物づくりを支えてきた技術-32・・・・継手・仕口(16):近世には・・ - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

三月いっぱいにまとめる話が、先週末に、ようやく落着。さて、「継手・仕口」の話の続き。先回は江戸時代までくると、「シャチ栓」を使う継手・仕口が増えてくることを紹介しました。今回は、以前にも載せましたが、江戸時代も末、天保年間:1830~40年頃の建設と言われ、竣工直後に「安政の大地震」に遭ったはずの奈良県橿原市今井町の商家:「高木家」の架構法を紹介します。この例は、日本建築学会編の教科書「構造用教材」に「伝統工法」の例として載っているくらいですから、その筋の学者先生方も無視するわけにはゆかない建物なのだ、と思います。それはともかく、この建物の架構は、実に明快にして明解。この建物の直ぐ近く、300mほど離れた場所に、これも以前紹介した「豊田家」があります。両家は、ほぼ同規模の商家ですが、こちらは寛文2年:1662年...日本の建物づくりを支えてきた技術-32・・・・継手・仕口(16):近世には・・

[文言追加][解説文言再追加1月10日13.27][註記追加1月11日12.09]上掲の上段の図は、昔から当たり前に行われてきた「柱に横材を取付ける」方法の一つです。隅の柱を例にしています。この図は、「柱の径:幅と、横材の幅がほぼ等しい」ときの仕口例。「柱の径が、横材の幅よりある程度大きい」ときは、①柱の端部に「枘」を設け、②柱に横材の断面と同じ大きさで深さ5分(15mm)程度の穴を彫り、横材の「枘」を差す「枘穴」をあけます。このような横材の断面と同じ大きさの穴をあけ、横材を取付ける方法を「大入れ」「大入れにする」などと呼びます。[文言追加12日7.47]当然、横材の長さは、柱にのみこまれる「深さ5分」を計算の上、加工します。上掲の図のように、「柱の径が横材の幅とほぼ等しい」場合には、「大入れ」にすることはでき...日本の建物づくりを支えてきた技術-20の補足・・・・「小根ほぞ差し」「胴突(胴附)」 Timber Architecture, Japanese Architecture, Construction Drawings, Construction Materials, Korean Traditional, Traditional House, Japanese Joinery, Wood Joints, Wood Structure

日本の建物づくりを支えてきた技術-20の補足・・・・「小根ほぞ差し」「胴突(胴附)」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[文言追加][解説文言再追加1月10日13.27][註記追加1月11日12.09]上掲の上段の図は、昔から当たり前に行われてきた「柱に横材を取付ける」方法の一つです。隅の柱を例にしています。この図は、「柱の径:幅と、横材の幅がほぼ等しい」ときの仕口例。「柱の径が、横材の幅よりある程度大きい」ときは、①柱の端部に「枘」を設け、②柱に横材の断面と同じ大きさで深さ5分(15mm)程度の穴を彫り、横材の「枘」を差す「枘穴」をあけます。このような横材の断面と同じ大きさの穴をあけ、横材を取付ける方法を「大入れ」「大入れにする」などと呼びます。[文言追加12日7.47]当然、横材の長さは、柱にのみこまれる「深さ5分」を計算の上、加工します。上掲の図のように、「柱の径が横材の幅とほぼ等しい」場合には、「大入れ」にすることはでき...日本の建物づくりを支えてきた技術-20の補足・・・・「小根ほぞ差し」「胴突(胴附)」

今井町の「高木家」のおよそ180年前に建てられた「豊田家」が、「高木家」同様、「差鴨居」を主軸に据えた架構であることは大分前に紹介しました(「日本の建築技術の展開-28」)。「豊田家」は、「土台」を使わず「貫」も「高木家」に比べるときわめて少しです。間仕切の交点を「通し柱」にして、「通し柱~通し柱」を「差鴨居」で結ぶ手法は「高木家」と同じですが、「高木家」がすべての柱を4寸2分(12.7cm)角で統一しているのに対して、「豊田家」では「大黒柱」を使い、他の柱も5寸角内外で少し太めです。このあたりは、上掲の軸組架構図を「高木家」の架構図と比べるとよく分ります(「日本の建物づくりを支えてきた技術-32」参照)。「豊田家」も「差鴨居」がいわば主役ですが、「柱と差鴨居」の「仕口」は「高木家」のそれとは大きく違い、「豊田...日本の建物づくりを支えてきた技術-35・・・・継手・仕口(19):「送り蟻」 Japanese Joinery, Kengo Kuma, Woodworking Joints, House In The Woods, Architecture, Floor Plans, How To Plan, Building, Sketches

日本の建物づくりを支えてきた技術-35・・・・継手・仕口(19):「送り蟻」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

今井町の「高木家」のおよそ180年前に建てられた「豊田家」が、「高木家」同様、「差鴨居」を主軸に据えた架構であることは大分前に紹介しました(「日本の建築技術の展開-28」)。「豊田家」は、「土台」を使わず「貫」も「高木家」に比べるときわめて少しです。間仕切の交点を「通し柱」にして、「通し柱~通し柱」を「差鴨居」で結ぶ手法は「高木家」と同じですが、「高木家」がすべての柱を4寸2分(12.7cm)角で統一しているのに対して、「豊田家」では「大黒柱」を使い、他の柱も5寸角内外で少し太めです。このあたりは、上掲の軸組架構図を「高木家」の架構図と比べるとよく分ります(「日本の建物づくりを支えてきた技術-32」参照)。「豊田家」も「差鴨居」がいわば主役ですが、「柱と差鴨居」の「仕口」は「高木家」のそれとは大きく違い、「豊田...日本の建物づくりを支えてきた技術-35・・・・継手・仕口(19):「送り蟻」

[文言追加9.55]「浄土寺浄土堂」についての話が長くなりましたが、もう少し。今回は、先回載せなかった「頭貫(かしらぬき)」の納め方と、「飛貫(ひぬき)」「肘木(ひじき)」「大斗(だいと)」などの取合いについて。「頭貫」の全体の「構成・分解図」と、そこで使われている「継手・仕口」の解説図が、上掲の図版の上3段です。なお、図版はすべて「国宝浄土寺浄土堂修理工事報告書」から転載・編集加筆したものです。ここで使われているのは、「胴貫(どうぬき)」「飛貫」とまったく同じで「鉤型付きの相欠き:略鎌(りゃくかま)」と「相欠き」だけです。ということは、古代寺院に比べ、数等複雑な「建て方」を要するこの建物に使われている「継手・仕口」は、この二つだけ、ということです。「頭貫」は、南北方向を「下木」、東西方向を「上木」として納めて...日本の建物づくりを支えてきた技術-22・・・・継手・仕口(6):再び「鉤型付きの相欠き」 Japanese Carpentry, Japanese Joinery, Timber Architecture, Asian Architecture, Pagoda Temple, Wood Joints, Japan Design, Japanese House, Design Museum

日本の建物づくりを支えてきた技術-22・・・・継手・仕口(6):再び「鉤型付きの相欠き」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[文言追加9.55]「浄土寺浄土堂」についての話が長くなりましたが、もう少し。今回は、先回載せなかった「頭貫(かしらぬき)」の納め方と、「飛貫(ひぬき)」「肘木(ひじき)」「大斗(だいと)」などの取合いについて。「頭貫」の全体の「構成・分解図」と、そこで使われている「継手・仕口」の解説図が、上掲の図版の上3段です。なお、図版はすべて「国宝浄土寺浄土堂修理工事報告書」から転載・編集加筆したものです。ここで使われているのは、「胴貫(どうぬき)」「飛貫」とまったく同じで「鉤型付きの相欠き:略鎌(りゃくかま)」と「相欠き」だけです。ということは、古代寺院に比べ、数等複雑な「建て方」を要するこの建物に使われている「継手・仕口」は、この二つだけ、ということです。「頭貫」は、南北方向を「下木」、東西方向を「上木」として納めて...日本の建物づくりを支えてきた技術-22・・・・継手・仕口(6):再び「鉤型付きの相欠き」

[註記追加1月18日0.14][文言改訂追加0.37][同9.59]「浄土寺浄土堂」の「建て方手順」について、「国宝浄土寺浄土堂修理工事報告書」の報告を紹介するため、説明用図版編集作成に時間をいただきました。その際、残っていた「頭貫」の納め方と「頭貫」とその周辺に取付く諸部材:「肘木」「斗栱(ときょう)」の納まりも同時に紹介するつもりで、その図版もつくったのですが、ただ、「頭貫」とその周辺に取付く「肘木」「斗栱(ときょう)」は、いわば軸組の「建て方」が終った後の段階の仕事です。また、「建て方手順」と「頭貫」まわりを同時に紹介するとなると分量が多すぎます。そこで今回は、「建て方手順」だけを説明して、「頭貫・肘木・斗栱」の取付きの様子、その解説は次回にまわすことにします。上の上段の図は、「建て方」の順番を図に示した...日本の建物づくりを支えてきた技術-21・・・・浄土寺浄土堂の「建て方」 Japanese Joinery, Line Chart, Projects, Japanese Woodworking, Log Projects

日本の建物づくりを支えてきた技術-21・・・・浄土寺浄土堂の「建て方」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[註記追加1月18日0.14][文言改訂追加0.37][同9.59]「浄土寺浄土堂」の「建て方手順」について、「国宝浄土寺浄土堂修理工事報告書」の報告を紹介するため、説明用図版編集作成に時間をいただきました。その際、残っていた「頭貫」の納め方と「頭貫」とその周辺に取付く諸部材:「肘木」「斗栱(ときょう)」の納まりも同時に紹介するつもりで、その図版もつくったのですが、ただ、「頭貫」とその周辺に取付く「肘木」「斗栱(ときょう)」は、いわば軸組の「建て方」が終った後の段階の仕事です。また、「建て方手順」と「頭貫」まわりを同時に紹介するとなると分量が多すぎます。そこで今回は、「建て方手順」だけを説明して、「頭貫・肘木・斗栱」の取付きの様子、その解説は次回にまわすことにします。上の上段の図は、「建て方」の順番を図に示した...日本の建物づくりを支えてきた技術-21・・・・浄土寺浄土堂の「建て方」

[文言追加3月1日9.03]先回載せた「中世の継手・仕口の様態」を少し詳しく見ることにします。今回はア)からエ)まで。東大寺再建でいわゆる「大仏様」が寺院建築に使われてから、100年足らずの間の建物がア)~エ)です。資料にした「文化財建造物伝統技法集成」には社寺の例だけしか載っていませんから、自ずと社寺の例に限られることになります。もっとも、この時代の一般の建物は、現存していませんが・・・。ア)~エ)で手元の資料で図面などが見つかったのはア)。ア)の「大報恩寺本堂」は鎌倉時代前期(初期)、1227年建立の密教寺院で、上の図・写真のような建物です。写真・図は「日本建築史図集」からの転載・編集。図の左手が南です。断面図のように、1間四方の「内陣」を囲む3間×3間の堂のまわりに「庇」東、北、西面の回廊)、南面に「孫庇...日本の建物づくりを支えてきた技術-26・・・・継手・仕口(10):中世の様態・2 Ancient Chinese Architecture, Modern Japanese Architecture, Japanese Buildings, China Architecture, Futuristic Architecture, Architecture Plan, Japanese Tea House, Traditional Japanese House, Dojo

日本の建物づくりを支えてきた技術-26・・・・継手・仕口(10):中世の様態・2 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[文言追加3月1日9.03]先回載せた「中世の継手・仕口の様態」を少し詳しく見ることにします。今回はア)からエ)まで。東大寺再建でいわゆる「大仏様」が寺院建築に使われてから、100年足らずの間の建物がア)~エ)です。資料にした「文化財建造物伝統技法集成」には社寺の例だけしか載っていませんから、自ずと社寺の例に限られることになります。もっとも、この時代の一般の建物は、現存していませんが・・・。ア)~エ)で手元の資料で図面などが見つかったのはア)。ア)の「大報恩寺本堂」は鎌倉時代前期(初期)、1227年建立の密教寺院で、上の図・写真のような建物です。写真・図は「日本建築史図集」からの転載・編集。図の左手が南です。断面図のように、1間四方の「内陣」を囲む3間×3間の堂のまわりに「庇」東、北、西面の回廊)、南面に「孫庇...日本の建物づくりを支えてきた技術-26・・・・継手・仕口(10):中世の様態・2

[註記追加20.41][註記文言改訂1月9日10.30]年末に、浄土寺・浄土堂の「足固貫」について書きました。いわゆる「大仏様」では、柱相互を、何段もの「貫」で縫う点に特徴があります。「浄土寺浄土堂」の場合には、礎石から柱頂の「頭貫」の間に、下から順に「足固貫」「胴貫(どうぬき)」「飛貫(ひぬき)」の計三段入れてあります。ただ、この場合の「貫」は、今の建物で梁や桁に使う「平角材」に匹敵する断面の材です。註今の建物では、1950年制定の建築基準法が「貫」で縫う工法(通常、その上に壁が塗られます)を地震に弱いと規定したため急激に姿を消してしまいました(最近認めだしましたが・・・)。以来、法令下の木造建築では、架構を維持するための横材が土台~桁・梁間に何もなくなり、縦の材だけ目立つようになります。これに対して、かつて...日本の建物づくりを支えてきた技術-20・・・・継手・仕口の発展(5):続・「鉤型付きの相欠き」 Timber Architecture, Asian Architecture, Architecture Details, Architecture People, Japanese Carpentry, Japanese Joinery, Building Structure, Building A House, Roof Structure

日本の建物づくりを支えてきた技術-20・・・・継手・仕口の発展(5):続・「鉤型付きの相欠き」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[註記追加20.41][註記文言改訂1月9日10.30]年末に、浄土寺・浄土堂の「足固貫」について書きました。いわゆる「大仏様」では、柱相互を、何段もの「貫」で縫う点に特徴があります。「浄土寺浄土堂」の場合には、礎石から柱頂の「頭貫」の間に、下から順に「足固貫」「胴貫(どうぬき)」「飛貫(ひぬき)」の計三段入れてあります。ただ、この場合の「貫」は、今の建物で梁や桁に使う「平角材」に匹敵する断面の材です。註今の建物では、1950年制定の建築基準法が「貫」で縫う工法(通常、その上に壁が塗られます)を地震に弱いと規定したため急激に姿を消してしまいました(最近認めだしましたが・・・)。以来、法令下の木造建築では、架構を維持するための横材が土台~桁・梁間に何もなくなり、縦の材だけ目立つようになります。これに対して、かつて...日本の建物づくりを支えてきた技術-20・・・・継手・仕口の発展(5):続・「鉤型付きの相欠き」

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日本の建物づくりを支えてきた技術-29・・・・継手・仕口(13):中世の様態・5 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

今回は中世の継手・仕口概観の最後。ス)「慈照寺東求堂(じしょうじとうぐどう9」、セ)「大仙院本堂(だいせんいんほんどう)」そしてソ)「新長谷寺客殿(しんちょうこくじきゃくでん)」について。このうち、「新長谷寺客殿」については資料が手許にありません。今回は、すでに載せた継手・仕口図のほかに、「東求堂」と「大仙院」については、梁行・桁行断面図を載せました。その図の色を付けてある箇所は、小屋裏:天井裏になる部分です。このス)セ)ソ)の3例は、いずれも「桔木(はねぎ)」によって軒をつくるときの、その下の化粧天井:「化粧垂木」を受ける「桁」(これも「化粧」です)の柱への取付け法と、その継手・仕口の図です。この手法・方法は、「書院造」に共通の仕様で、「慈照寺東求堂」の例が最初の事例のようです(もちろん現存建物の中で)。「化...日本の建物づくりを支えてきた技術-29・・・・継手・仕口(13):中世の様態・5

引き続き、ク)からシ)まで。残念ながら、これらの建物についての資料が手元にありません。そこで、それぞれの建物について知る方策を調べました。以下の通りです。ク)燈明寺本堂:とうみょうじほんどう現在は廃寺。元は京都府相楽(さがら)郡加茂町にあった寺です。現在、横浜の「三渓園」内に移築・保存されています。この図は内陣のもの。「文化財建造物保存技術協会」開設の「文化遺産オンライン」で概略をみることができます。下記から「燈明寺本堂」で検索してください。「文化遺産オンライン建造物修復アーカイブ」ケ)久安寺楼門:きゅうあんじろうもん大阪府池田市にあります。「久安寺」自体のHPはないようですが、「久安寺」検索で、いろいろな方の撮られた写真が見られます。コ)円教寺食堂:えんきょうじじきどう書写山(しょしゃざん)園教寺所在地:兵庫...日本の建物づくりを支えてきた技術-28・・・・継手・仕口(12):中世の様態・4 Japanese Joinery, Autocad, Bullet Journal, Woodworking, Japanese Woodworking, Woodwork, Joinery, Carpentry, Woodworking Crafts

日本の建物づくりを支えてきた技術-28・・・・継手・仕口(12):中世の様態・4 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

引き続き、ク)からシ)まで。残念ながら、これらの建物についての資料が手元にありません。そこで、それぞれの建物について知る方策を調べました。以下の通りです。ク)燈明寺本堂:とうみょうじほんどう現在は廃寺。元は京都府相楽(さがら)郡加茂町にあった寺です。現在、横浜の「三渓園」内に移築・保存されています。この図は内陣のもの。「文化財建造物保存技術協会」開設の「文化遺産オンライン」で概略をみることができます。下記から「燈明寺本堂」で検索してください。「文化遺産オンライン建造物修復アーカイブ」ケ)久安寺楼門:きゅうあんじろうもん大阪府池田市にあります。「久安寺」自体のHPはないようですが、「久安寺」検索で、いろいろな方の撮られた写真が見られます。コ)円教寺食堂:えんきょうじじきどう書写山(しょしゃざん)園教寺所在地:兵庫...日本の建物づくりを支えてきた技術-28・・・・継手・仕口(12):中世の様態・4

[文言不備部分改訂加筆17.50]この三月、これまで抜粋コピーで済ませていた「資料」を、国会図書館から全コピーで取り寄せることにしました。とりあえず、「古井家」「箱木家」「豊田家」「高木家」の「修理工事報告書」です。全コピーとなると、著作権の関係で、いろいろと手続きが必要で、結局手許に入るまで、約一ヶ月かかりました。その間にあった「余談」は、いずれ紹介します。先回、奈良・橿原市(かしはら・し)今井町の「高木家」の架構をあらためて紹介しました。その架構図は、「日本の民家6:町家Ⅱ」から転載・編集したものですが、元図は「重要文化財高木家住宅修理工事報告書」(奈良県文化財保存事務所刊)にあります。総二階建ての「高木家」の架構が、「通し柱」を「差鴨居」で結ぶ方法を主にしていること、その「柱と差鴨居の仕口」が「竿シャチ継...日本の建物づくりを支えてきた技術-33・・・・継手・仕口(17):高木家の竿シャチ継ぎ Japanese Carpentry, Japanese Joinery, Japanese Woodworking, Woodworking Joints, Woodworking Tips, Timber Architecture, Japan Architecture, Chinese Architecture, Ancient Architecture

日本の建物づくりを支えてきた技術-33・・・・継手・仕口(17):高木家の竿シャチ継ぎ - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[文言不備部分改訂加筆17.50]この三月、これまで抜粋コピーで済ませていた「資料」を、国会図書館から全コピーで取り寄せることにしました。とりあえず、「古井家」「箱木家」「豊田家」「高木家」の「修理工事報告書」です。全コピーとなると、著作権の関係で、いろいろと手続きが必要で、結局手許に入るまで、約一ヶ月かかりました。その間にあった「余談」は、いずれ紹介します。先回、奈良・橿原市(かしはら・し)今井町の「高木家」の架構をあらためて紹介しました。その架構図は、「日本の民家6:町家Ⅱ」から転載・編集したものですが、元図は「重要文化財高木家住宅修理工事報告書」(奈良県文化財保存事務所刊)にあります。総二階建ての「高木家」の架構が、「通し柱」を「差鴨居」で結ぶ方法を主にしていること、その「柱と差鴨居の仕口」が「竿シャチ継...日本の建物づくりを支えてきた技術-33・・・・継手・仕口(17):高木家の竿シャチ継ぎ

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日本の建物づくりを支えてきた技術-27・・・・継手・仕口(11):中世の様態・3 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

前回に引き続き、今回は鎌倉時代中頃のオ)「龍岩寺」と、少し間が空いて室町時代初期の、方丈建築最古の建物であるカ)「龍吟庵方丈」、そしてキ)「桑実寺(くわのみでら)」に使われている継手・仕口を見ます。私の観ているのは「龍吟庵方丈」だけで、図面もこの建物だけ手元にあります。「龍吟庵方丈」については、大分前に「基準寸法」の話で触れていますが、柱間寸法:1間=6尺8寸としていた時代の建物です。また図版もそのときと同じです(「建物づくりと寸法-1・・・・1間は6尺ではなかった」参照)。オ)の「竜岩寺」の例は「軒桁」「母屋桁」の継手に使われている「鎌継ぎ」で、「角鎌」になっています。この図だけでは柱との位置関係が分りませんが、おそらく持ち出した位置で継いでいるのではないでしょうか。横3.6寸×高さ3寸という断面からみて、化...日本の建物づくりを支えてきた技術-27・・・・継手・仕口(11):中世の様態・3

Ways To Start Woodworking Woodworking Joints, Woodworking Projects, Veranda Pergola, Studio Floor Plans, Japanese Joinery, Timber Architecture, Wood Joints, Shop Plans, Wood Construction

日本の建物づくりを支えてきた技術-25・・・・継手・仕口(9):中世の様態 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[図版を濃くしました:22日9.53]図版の工事が終りましたので、ようやく「続き」に入ります。長いことかけて「浄土寺浄土堂」をはじめ、いわゆる「大仏様(だいぶつよう)」と呼ばれる建物のつくり方を見てきました。そこで改めて気付いたのは、「大仏様」の建物では、それ以前に使われていた「鎌継ぎ」の類が、まったく使われていないこと、そして、これは古代と変らないのですが、柱と柱の間で横材を継ぐ、つまり持ち出したところで横材を継ぐという仕事が一切ないことでした。その後の時代はどうなのかと考え、「文化財建造物伝統技法集成」を概観して見たところ、鎌倉時代以降の建物では、古代に主要部に使われていた「鎌継ぎ」は、散見されますが、多くは、力のさほどかからない「丸桁・母屋」や「棟木」などに限られるようです。「浄土寺浄土堂」では、その場所...日本の建物づくりを支えてきた技術-25・・・・継手・仕口(9):中世の様態

[文言追加17.59][註記追加18.40][文言追加19.54]間が空きましたが、「浄土寺浄土堂」の小屋組の基となる「梁」:「虹梁」をどのように納めているかについて紹介します。上の写真や以前に紹介した断面図で分るように、「梁」は3段あります。「報告書」では、「側の柱」と「内陣の柱」を結んでいる一番下の「虹梁」を「大虹梁(だいこうりょう)」、二段目を「中虹梁」、三段目を「小虹梁」と呼んでいますので、ここでもその呼称を使います。各「虹梁」の納め方はほぼ同じ方法の繰り返しと言えます。ここでは、基本となる「大虹梁」の納め方を紹介することにします。上掲の図版は、写真と図が組になっています。上の組が、「側の柱」への「大虹梁」の取付けを、「大虹梁」の「内陣の柱」への取付きを示したのが下の組です。註写真、図とも「国宝浄土寺浄...日本の建物づくりを支えてきた技術-24・・・・継手・仕口(8):またまた「相欠き」 Japanese Joinery, Wood Construction, House In The Woods, Woodworking, Design, Traditional, Detail, Japanese Woodworking, Woodwork

日本の建物づくりを支えてきた技術-24・・・・継手・仕口(8):またまた「相欠き」 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

[文言追加17.59][註記追加18.40][文言追加19.54]間が空きましたが、「浄土寺浄土堂」の小屋組の基となる「梁」:「虹梁」をどのように納めているかについて紹介します。上の写真や以前に紹介した断面図で分るように、「梁」は3段あります。「報告書」では、「側の柱」と「内陣の柱」を結んでいる一番下の「虹梁」を「大虹梁(だいこうりょう)」、二段目を「中虹梁」、三段目を「小虹梁」と呼んでいますので、ここでもその呼称を使います。各「虹梁」の納め方はほぼ同じ方法の繰り返しと言えます。ここでは、基本となる「大虹梁」の納め方を紹介することにします。上掲の図版は、写真と図が組になっています。上の組が、「側の柱」への「大虹梁」の取付けを、「大虹梁」の「内陣の柱」への取付きを示したのが下の組です。註写真、図とも「国宝浄土寺浄...日本の建物づくりを支えてきた技術-24・・・・継手・仕口(8):またまた「相欠き」

もう一度、「母屋伏図」を載せます。①は「丸桁」、②からは「母屋(桁)」です。①②は、それを受ける支点間の距離は柱間と同じ20尺、約6mあります。③も中の間は20尺です。④も中の間は20尺、⑤は20尺一本。「丸桁」「母屋(桁)」とも、断面は高さ7.5寸×7.0寸(約22.5cm×21.0cm)で、下端は平ら、上側は丸めてあります。この断面の材では、20尺は跳ばせません。真ん中あたりで撓んでしまいます。特に、2支点以上に架かる場合に比べ(正面丸桁の左側の材のような場合で、「連続梁」と言います)、2支点の間だけに架かる場合は(同じく右側の材のような場合で、「単純梁」と言います)撓みが大きいでしょう。註右側の材も、正確に言えば、左端部の「受け」と右端部の正面に向う「受け」と隅に向う「受け」の2点の都合3点で支えられては...日本の建物づくりを支えてきた技術-23の補足・・・・「母屋」を20尺(6m)跳ばす工夫 Japanese Carpentry, Japanese Joinery, Japan Architecture, Roof Structure, House In The Woods, Traditional House, Woodworking, Chinese, Houses

日本の建物づくりを支えてきた技術-23の補足・・・・「母屋」を20尺(6m)跳ばす工夫 - 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司

もう一度、「母屋伏図」を載せます。①は「丸桁」、②からは「母屋(桁)」です。①②は、それを受ける支点間の距離は柱間と同じ20尺、約6mあります。③も中の間は20尺です。④も中の間は20尺、⑤は20尺一本。「丸桁」「母屋(桁)」とも、断面は高さ7.5寸×7.0寸(約22.5cm×21.0cm)で、下端は平ら、上側は丸めてあります。この断面の材では、20尺は跳ばせません。真ん中あたりで撓んでしまいます。特に、2支点以上に架かる場合に比べ(正面丸桁の左側の材のような場合で、「連続梁」と言います)、2支点の間だけに架かる場合は(同じく右側の材のような場合で、「単純梁」と言います)撓みが大きいでしょう。註右側の材も、正確に言えば、左端部の「受け」と右端部の正面に向う「受け」と隅に向う「受け」の2点の都合3点で支えられては...日本の建物づくりを支えてきた技術-23の補足・・・・「母屋」を20尺(6m)跳ばす工夫

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